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“やるしかない”から“どうしてもやりたい”仕事へ:新津春子さんインタビュー【前編】

英国スカイトラックスが実施する航空会社の格付けランキングで、過去3度に渡り「世界で最も清潔な空港」に選ばれた羽田空港。その輝かしい栄誉の陰には、日本空港テクノ株式会社で清掃部門のスタッフ約500人を束ねる新津春子さんの存在がありました。はじけるような笑顔からにじみ出る優しさと、徹底したプロ意識で羽田を世界一に導くまでに、新津さんが歩んだ壮絶な半生とは?恩人から学んだ仕事に不可欠な姿勢などについて、お話を伺いました。
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“やるしかない”から“どうしてもやりたい”仕事へ:新津春子さんインタビュー【前編】

英国スカイトラックスが実施する航空会社の格付けランキングで、過去3度に渡り「世界で最も清潔な空港」に選ばれた羽田空港。その輝かしい栄誉の陰には、日本空港テクノ株式会社で清掃部門のスタッフ約500人を束ねる新津春子さんの存在がありました。はじけるような笑顔からにじみ出る優しさと、徹底したプロ意識で羽田を世界一に導くまでに、新津さんが歩んだ壮絶な半生とは?恩人から学んだ仕事に不可欠な姿勢などについて、お話を伺いました。
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【プロフィール】
日本空港テクノ株式会社・環境マイスター。1970年、中国残留日本人孤児2世として中国・瀋陽に生まれ、17歳で渡日。以後、25年以上清掃の仕事に従事する。1997年当時、最年少で「全国ビルクリーニング技能競技会」で優勝。現在は羽田空港国際線ターミナル、第1ターミナル、第2ターミナル清掃の実技指導者に加え、同社唯一の環境マイスターとして清掃職人の育成を行っている。

人生初の仕事に天職を見出す

――新津さんは17歳の時に日本に来られて清掃の仕事を始められましたが、なぜこの職業を選ばれたのですか?

日本に来たばかりの頃は、言葉が通じず、そのような状況で仕事を探すと、清掃員か中華屋のウエートレスといった選択肢しかありませんでした。その時未成年だった弟を除き、両親と姉と私の家族全員が一緒に働ける仕事に就きたいという思いが強く、それを叶えるためには清掃の仕事しかなかったというのが、この仕事を始めたきっかけです。

 
ところが、清掃の仕事をやり始めてみると、1つずつ新しいことを覚えるのが楽しくて。洗剤や機械は使う場所や目的によって非常に様々な種類があるのですが、使い方を覚えて今までできなかったことができるようになると、自信がついて「もう1つやってみよう」とやる気になっていったんです。

はじめの清掃の仕事は高校を卒業するまで続けましたが、卒業後はヘッドホンを製造する会社に一度就職しました。そこではヘッドホンの組み立てからはんだ付け、修理や梱包などをしていましたが、一連の作業を覚えきってしまったら、つまらなくなってしまって。やっぱり清掃の方がいいなと思うようになりました。
 

――就職した会社の仕事には、やりがいが見出せなかったということですか?

嫌いになったわけじゃないんですが、飽き性な性格なのもあり、その会社には必要以上のことを教えてくれたり、試験を受験させてくれるなど、目標とする制度もなく、ここで自分の成長が終わってしまうのが性格的に合わなかったのだと思います。

それに、私は身体を動かすことがとにかく好きで、常に新しいことを考えることが好き。いろいろな人と出会うことも好きで、毎日同じメンバーで同じものしか見ないという仕事が性に合わなかった。正社員をしながら清掃のアルバイトも続けていたので、2つの仕事の楽しさを比べると「やっぱり清掃の仕事がしたい」という気持ちが強くなっていきました。

偶然見つけた職業訓練校で、人生を変えた恩人と出会う

――そこから、自分が楽しんで働くことができる清掃の仕事に戻られたのですね。

すぐに戻りたかったんですが、清掃は会社によってやり方も違い、当時の私は洗剤などの知識もあまりなく、どうやって戻ろうかと考えていた時に偶然、清掃の職業訓練校の募集広告を見つけたんです。「これだ!」と思って、すぐに入学手続きをしに行ったんですが、そのクラスは45歳以上しか受講できないと言われて。当時、私は23歳でしたが、理由が納得できなくて、私の歳でできないのはなぜなのか、どうしても清掃の仕事を勉強したいので入学させてほしいと伝えました。

私の場合、納得するまで相手を逃さないところもあるんですが(笑)、とにかく思いを伝え続けると、私の事情について色々話を聞いてくれるようになり、残留孤児の採用枠を利用することができることが分かったんです。でも働いている人は入学できないというので、次の日、会社に辞めることを伝えました。
 

――仕事を辞めてしまうと生活が不安になると思いますが、それを押すほどの決断力と行動力ですね。

 
その頃は姉と2人暮らしだったので家賃も分担していましたし、遅刻も欠席もしなかったので失業保険ももらえて。何より、どうしても清掃の現場で働きたい気持ちが強くて、洗剤や機械について知識を身に着け、一つの基準をつくりたかった。入学してからの半年間は、これまでの清掃のアルバイトでは得られなかった技術をたくさん学べたことが楽しくて。私は勉強が嫌いなんですが、そこでは他のみんなの進路が決まって行くのを気づかないくらい夢中になって勉強しました。洗剤だけでも、理論と実技を合わせて700時間くらい。鏡のように艶を出す磨きの技術や、タバコの焦げ跡やコーヒーの色に合わせたカーペットの染色、焦げやシミの部分に絵を描いたりする特殊な技術など、就職も忘れてしまうほど夢中になりました。
 

機械も、今は火災や騒音の問題から、電動以外の機械は使用しにくくなりましたが、昔はガソリンやガスで動く機械もあり、音はすごいんですが電気よりも性能がよくて、使うのにコツが必要だったりして、本当に楽しかったんですよ。

 

――新しい技術に触れる機会がたくさんあったんですね。その学校を卒業後、現在の日本空港テクノに入社されたんですね。

はい。後に私の人生の恩人となる同社の鈴木優常務が訓練校で教えていたことから、入社したいと話したら、男性しか募集していないと言うんです。中国は男女平等の社会ですから、その理由に納得するどころかさらに火がついて(笑)。男性と同じ体力で同じ量働き、同じ時間に終わればいいんですよね?と何度も掛け合い、ようやく入社することができました。

 

――特例をつくるほどに情熱が伝わったのですね。空港という公共施設は、それまでのビル清掃とは勝手が違いましたか?

学校で理論を勉強し、実際に色んな現場も経験してきましたが、ビルと空港では素材も人も違うため、知識や経験が足りないと感じました。特殊な建物でどう清掃をしていこうか、それだけが頭の中にありました。夜中に仕事が終わってから、他の会社に頼んで作業させてもらうこともありました。

 

――訓練校や会社からの指示ではなく、ですか?

自分で勉強するためにです。お金はいらないのでと、これまでアルバイトでお世話になった会社に行って勉強させてもらった後、2~3時間寝てからまた羽田空港で仕事をするというような生活を送っていました。例えば、同じ洗剤でも各メーカーで特徴がバラバラで、学校で教わらない部分は経験しなければ分からない。材質に合ったものや短時間で落とせるものを状況に応じて使い分ける必要があるので、とにかく自分で研究をする毎日でした。

技術ばかり求めて人を見ない自分に気づくと、周囲の反応が変わった

――最年少で優勝を飾った「全国ビルクリーニング技能競技会」に出場しようと思ったのも、その研究の日々で自信をつけられたからでしょうか?

競技会は、鈴木常務から勧められて、最初は賞金に惹かれて出場することにしたんです。自分の清掃技術には自信を持っていたので、予選大会は1位を取ることができると確信していたのに、結果は2位でした。当然賞金ももらえませんが、何より技術がある私がなぜ2位になったのかという結果に納得がいかなくて。鈴木常務に聞くと、「あなたには優しさがない」と言われたんです。

 

――鈴木常務は「優しさ」という言葉に、どのような思いを込められていたのでしょうか?

「道具をつくった人の気持ちを考えて使っているか」と言われたんですが、今まで考えもしなかったことだけに、どうしたらいいのか分からなくなりました。中国では自分中心に考えることが多くて、自分にもそういうところがあったかもしれません。相手のことを考えるということが、頭の中になかったんですね。


 

最初は鈴木常務の表情を見よう見まねで練習しましたが、本当にその気持ちがなければ表現できないということが分かってきて。全国大会では1位を取ることができましたが、自分以外の人を意識した上で技術を考えるということが、それからの自分の目標になりました。

 

――模範となる上司の姿勢が自分を成長させてくれたということですね。

鈴木常務は人生を変えてくれた恩人です。心を込めないといい仕事はできないということを教えてくれました。といっても最初は、そんなことを言われても、どうすればそんなことができるのかと言い返したり、考えたことがなく理解もできないことだから、聞き流してしまうんですよね。人に教える時は、言葉だけで伝えられないことがあります。おそらく私も大会で1位を取りたいという目標がなければ、そのように考えることがなかったかもしれません。

私は必要な時に、私に足りないものを指摘してくれる人に出会えました。もしこの出会いがなければ、私は、技術はあってもいい人間ではなかったと思います。

大会では道具の扱い方や動き、表情づくりも見られるのですが、それまで一度も考えたことがないことを努力しようとしても、やり方が分からない。
かたちからでも入るために常務に相談すると、「次の人が使う時のことを考え、感謝の気持ちを込めて清掃すること」だと。技術は高く評価してくれていましたが、誰かのことを思って掃除をする姿勢が全然見えず、「自分のことばかり考えている」と言われていました。

優しくなると、仕事が効率良くできるようになる

――技術と同じくらい、心で仕事をすることが大切ということなのですね。

そうですね。視野が広くなると全体の中で仕事のポイントがつかめるようになり、効率が上がり、心に余裕が生まれます。すると、みんなに優しくできるようになり、自然とお客様と会話が生まれ、「綺麗にしてくれてありがとう」と声をかけてくれるようになる。言葉をかけてくれると嬉しくて、もっと綺麗にしようと思うし、自分を見てくれている誰かがいれば緊張感を持って仕事をするため、より仕事が楽しくなるんです。

多くの人が行き交う場所では、人の動きに配慮して道具を扱わなくてはいけませんし、転びやすいところや荷物を落としやすい場所など、環境に応じた人の行動に配慮した清掃法を判断してできるようになっていきました。

(後編へつづく)

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